グラフィックスとユーザーエクスペリエンス

1997年〜2000年頃、名だたるプログラマーの間では3Dグラフィックが大流行。
自分も入社したてのソフトベンダーでDirectXに没頭し、何とか3Dを活用したパッケージソフトを企画したいと、金子勇さんや、清水亮さんのホームページを見ながら奮闘してました。
そして、遙か彼方の遠い存在、3Dグラフィックの神として君臨されていたのが
マイクロソフトの川西裕幸さんです。


ところが、3Dグラフィックは "ゲーム専用技術" として一部の技術者のものとなり、自分も「住宅シミュレーター以外金にならない」と判断して企画を断念。個人でフリーソフトを1本リリースした後、3Dから疎遠になりました。
当時のカリスマだった清水さんは携帯電話の世界へ、金子さんも匿名でP2Pソフト Winny を開発し、後に大きな物議を醸すことになりますが、おそらく3Dへの興味は全盛期よりは薄れていたんじゃないかと推測します。

その後の自分は、稼ぎ頭のデジカメ系ソフトの部門で、写真を映像作品にして楽しむ「フォトムービーソフト」のプロジェクトリーダーとして企画・開発を担当しました。
その後紆余曲折を経て独立、映像系ソフト専用のベンダー設立に至っています。

今の会社には、小さなソフトベンダーとしての方針があります。

・機能のボリュームを追求せず、シンプルで触り心地に優れたアプリを目指す。
・映像合成や動画出力などの基礎技術には手を出さず、既存の技術を使って操作性やデザインへの投資に集中する。

そんな折、それにぴったりあった技術に出会いました。マイクロソフトWindows Presentation Foundation、 通称 WPF です。WPFは、ゲームソフトのように、なめらかにアニメーションするユーザーインターフェースが作成でき、動画も画像も恐ろしく簡単に扱える夢のような仕組み。独立のためにまさに欲しかったプラットフォームです。


「いける、これで勝てる!」と確信してからはWPFに没頭し、マイクロソフトセミナーを受けまくりました。そこには、"3Dグラフィックスの神" から "ユーザーが感じる体験(ユーザーエクスペリエンス:UX)" の専門家へとクラスチェンジされていた川西さんがいつもいらっしゃいました。


なにせこちらは 人生かけて WPFに入れ込んでるので、セミナー後は川西さんを拘束して質問攻めにしてました。迷惑な奴。
勤めていた会社に、同じくエバンジェリストの高橋さんと一緒にお越し頂いたこともあります。


川西さんは独立に対して心配して下さり、自分が最後に関わった製品のニュースリリースを見つけられた時は、「まだ続けられるようで良かったですね!」と、メールしてくれたのですが、「私はこれが最後で、まもなく退社します」と応えると、「そうですか、がんばって下さい、応援してます」と励ましてくれました。


その後も各所で行われるセミナーで、相も変わらず隙を見つけては質問攻めにする日々が続きます。その日、2011年12月21日も、マイクロソフト本社でWindows Phone のイベントがあり、川西さんを含め、そうそうたるメンバーがサポート役として集まる中でアプリを開発するという幸せな時間を共有させてもらいました。
途中、ある参加者が川西さんに画像処理の質問すると、笑顔で僕に近寄り、
「ハイ、答えて!」と言って、ゆっくりと椅子に腰を下ろしました。
川西さんの隣に座ってた方がその "ムチャ振り" を茶化すと、
「こういう人脈があるのも能力です」と笑ってました。

ほんの少しだけ神様の末席において頂けたのかなと、嬉しさと気恥ずかしさに駆られながら、これからリリースする製品でもっと認められたい気持ちが強くなったのを思い出します。



川西さんはこのイベントから帰宅する途中、交通事故に遭われ 2012年1月20日 に永眠されました。


悲しみに暮れているのは自分だけじゃないことを認識するために、数多くの川西さんを悼む記事ツイートを読み漁っていると、みなさんの川西さん像が
「かつて3Dグラフィックスの神として君臨した偉大な存在」派と
「UXについて親切に教えてくれる優しいエバンジェリスト派の
2つに分かれていることに気がつきました。


川西さんが取り組んでいたテーマが、グラフィックスからユーザーの五感に響く体験へ変わった証拠でもありますが、それがマイクロソフト社の指示なのか、川西さんの意志なのかはわかりません。


でも、3Dグラフィックスが寂れてきたからUXの専門家に鞍替えしたんじゃなく、この2つには強い関連と連続性があるからこそのUXの専門化として活躍されたんだと確信しています。川西さんの高いグラフィックスに関する見識は、幸せで豊かな体験の源として不可欠なものなんだと思うのです。


ユーザーエクスペリエンスとは、開発者がユーザーの皆様へ送る "おもてなし" だと思ってます。
清水亮さんの追悼エントリーには、これからのゲームはモバイルを指向すべきかどうか、口論になったエピソードが語られています。


僕の勝手な想像ですが、川西さんは、
「(当時の)携帯電話のようなチープな表現では、ユーザーを"おもてなし"するに足りない」と主張し、清水さんは、
「どこでも手のひらで繋がる体験こそが、これからの"おもてなし"の本質だ」とおっしゃっているのかなと思います。


この議論に決着を付けるまでもなく、携帯電話はゲーム専用機に匹敵するグラフィック性能を携え、"スマホ"と呼ばれるようになり、 i-mode アプリを作ってた開発者は3Dグラフィックを会得すべく奮闘し、3Dプログラマーはその住処をスマホに移して能力を発揮しています。
お二人が目指した"おもてなし"は、高度に融合して生活に浸透しつつあります。


グラフィックスとユーザーエクスペリエンス。
僕はそのつながりを少しでも表現できればと、2009年と2010年の マイクロソフト tech・ed ライトニングトークに登壇しました。

WPFでミニチュア風動画を楽しもう』


『アプリケーションの文字を見やすくするテクニック』

どちらの発表も担当エバンジェリストとして川西さんに発表をご覧頂き、僕も神の前で無様な発表できないプレッシャーと戦いました。


川西さんから影響を受けたみなさんは、古参も新参も関係なく、グラフィックスをユーザーエクスペリエンスに昇華させるべく、これからも奮闘していくことでしょう。今の僕にできるのは、ささやかながらその一端を担うことだと思っています。


偉大な功績に感謝しながら、川西さんのご冥福を心からお祈りいたします。これからも見ていてくださいね。


【川西さん最後の著作です】

UXデザイン入門

UXデザイン入門